反映し、投影する

もし互いの間に愛があるなら、それによってあなたがたがわたしの弟子であることを、すべての人が認めるのです。ヨハネ13:35

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アーメン

しかるに、神は感謝すべきかな。神はいつもわたしたちをキリストの凱旋に伴い行き、わたしたちをとおしてキリストを知る知識のかおりを、至る所に放って下さるのである。Ⅱコリント2:14

神に感謝します。神は、わたしたちをいつもキリストの勝利の行進に連ならせ、わたしたちを通じて至るところに、キリストを知るという知識の香りを漂わせてくださいます。 Ⅰコリント2:14

これを呼んだときにわたしがどれだけほっとしたか、きっとわかる人にはわかることでしょう。

神様がわたしたちの中から、良い香りを放ってくださるのですから。

普段の生活をそんまましながら、自分のしてほしいと思っている親切や良いことを隣り人にしていく時に、神様が良い香りを放ってくださるんです。

あなたがたは世の光である。山の上にある町は、隠れることができない。 マタイ5:14

”世の光となりなさい”ではなく、”あなたがたは世の光です”と宣言してくださっているのです。

主にホサナ!

 

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励ますためにある

また、互いに勧め合って、愛と善行を促すように注意し合おうではありませんか。へブル10:24

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アーメン!

キリスト教会にはさまざまな闇や人生を背負っている人が、何人もいます。親がクリスチャンだったから習慣できているという人もいますが、仮にそうであっても人間的にできているとは限らないのです。

 

傷つくこともあります。逆に自分が誰かを傷つけ躓かせる存在になってしまっている時もあります。

それでも教会で集まることをやめるべきではないと、パウロさんもペテロさんも切々と主張されています。

弱い存在だからこそ集まることをやめるべきではないと、経験から知っているのです。

実際教会内の人間関係は、もしかしたらご近所つきあいよりも大変かもしれません。だけど主によりたのみながら進んでいたら、いつのまにか少しだけど前進している自分を発見することがあるのです。

前よりも大きく成長している自分と出会えることもあります。

だからクリスチャンはやめられない・・

そして主がどれほど教会を愛してくださっているかを、かいまみて漠然とすることもしばしばです。

教会での集いはどのようなことがあってもあきらめるべきでないと実感できるのです。

主に感謝

愚かな羊と良い羊飼い

牧者が昼間、散らされていた自分の羊の中にいて、その群れの世話をするように、わたしはわたしの羊を、雲と暗やみの日に散らされたすべての所から救い出して、世話をする。エゼキエル書34:12

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アーメン!

イエス様は最高の羊飼いです。

常に神様に目を向けていないと、すぐに精神不安定になります。心が浮き立ち落ち着かない時や、脳みそが上気している時は、たいてい神様から目をそらしている時で、心と体がばらばらになっています。

わたしはどうしたって神様に一緒にいていただかないと、心身ともに健康とはいきません。

骨の髄まで聖霊様にひたりきっていないと、自分らしくいられません。主は真の飼い主であるのと同時に、わたしにとってのキリストなのです~、アーメン!

もっと真の救い主、飼い主が必要なのは”日本”という国です。

もはやトップの悔い改めと救いは求めません。

真の飼い主を求めます。

主よ、どうか日本国民を哀れんでください。

良い羊飼いと出会い、良い羊飼いとともに歩めますように。

主の名において。

アーメン

自信に満ちた希望

私にとっては、生きることはキリスト、死ぬことも益です。ピリピ1:21

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アーメン!

毎朝いただける御言葉とメッセージは、わたしのためだと、今朝あらためて感じました。

自分の立ち位置がなかなか定まらず、うまく周囲の誰かとの距離感が一定しない、それでも共に歩んでくださる主に感謝。

 

 

夕日は隠れて道なお遠し|讃美歌359

夕日はかくれて  道なお遠し 
行末いかにと 思いぞ煩う
わが主よ今宵も 
側方(かたえ)にまして 
淋しきこの身を はぐくみ給え

したしき友みな 先立ちゆきて 
小暗きうき世に われのみ残る
わが主よ今宵も 側方にまして 
淋しきこの身を はぐくみ給え

人生(いのち)の夕影の 移ろいゆけば 
いこいの宿りも 近くやあるらん
わが主よ今宵も 側方にまして 
淋しきこの身を はぐくみ給え

み旨によりつつ 眠らせたまえ 
常世(とこよ)のひかりに 
目覚むる日まで わが主よ
今宵も 側方にまして 
淋しきこの身を はぐくみ給え

神の臨在

すると主は仰せられた。「わたし自身がいっしょに行って、あなたを休ませよう。」出エジプト記33:14

情報源: 神の臨在

アーメン!

毎朝聖書を読むところからスタートする事の幸せに感謝。主が御心を教えてくださるので、どう動けば主が喜んでいただけるのか、御思いの一部をのぞかせていただけて感謝です。

一生かけて主のようになれるように歩むことが、わたしたち救われた者に与えられた使命なのですね。

壁にぶつかった時も、主はそばにいてくださる、そして歩むべき道を見極めることができるように、真実を見る目を養って下さる、気が付くまでじっと待っていて下さる、

主はほむべきかな。

 

主は

 

私たちにできること

あなたがたの間では、そのような心構えでいなさい。それはキリスト・イエスのうちにも見られるものです。ピリピ2:5

情報源: 私たちにできること

アーメン!

自分にないものを数えて、”自分は何もできない”と何もしなかった時が何度かありました。でも、ほんとにそうなのか、もう一度考え直してみました。

笑顔がすてきという人は、笑顔で「おはよう」とあいさつをすることで、一日がんばれる活力を誰かに与えられるかもしれない。

どっしりといつも落ち着いていて、会えばいつもにこにこしている人、
心寂しい時にほっと心が暖まるかもしれない。

何もできなくても生きているだけでいいんだよ~は意外と優しくないです。ようはお人形さん?

それでいいよと言ってくれる人の方が少ないですもん。実際なんにも役に立たないと就職できないし、生きていく術を完全に失っていきます。

神様は違う、わたしがどれだけ欠けた人間でもいつもそばを離れないでくれる、ちゃんと進むべき道を教えてくれる、時には試練をとおして人間をきたえてくれる、誰よりも信頼できて安心できる、今できることで隣り人に優しくしてあげること、それが神様に仕えるということなんですよね。

 

だったら今自分にできることってなんだろうなああ~

結果は神様まかせ。これもとても安心ですね。

きょうも主とともに歩ませていただけることに感謝♪

主にご栄光

 

 

 

 

父と子

彼は、父の心を子に向けさせ、子の心をその父に向けさせる。それは、わたしが来て、のろいでこの地を打ち滅ぼさないためだ。マラキ書4:6

情報源: 父と子

アーメン!

わたしの父はアクの強い人で、エゴイストを絵に描いたような人だったので、父を尊敬したことは一度もありません。関係修復しないまま地獄?へ行きました。(神様を罵倒していた、死ぬまで欲望に忠実だった由)。

わたしにとっての父親像は共働学舎の宮嶋親方です。人間として最低限必要なことを教えてくれました。だから父なる神様像もこんな感じです。聖書を学ぶことは、人間関係の修復と共に人間の修復でもあると思いました。

へたな教育をするよりも聖書を読んだ方がいいのではないかとさえ思います。

だからこそ問題を抱えた人間であっても、共に食事をし交わってくださったイエスさまのように、求める者が安心して通える教会が増えてほしいと切実に思います。

 

主にご栄光。

申し訳ない

互いに忍び合い、だれかがほかの人に不満を抱くことがあっても、互いに赦し合いなさい。主があなたがたを赦してくださったように、あなたがたもそうしなさい。 コロサイ3:13

情報源: 申し訳ない

アーメン!

人を許すのはほんとに難しい。

人からされて不快なことはすべて覚えています。だけどした方はすぐ忘れるようです。

心深く傷ついたまま時だけが過ぎた時、思い出させるものは本能的に避けようとするのが、人間の本性。いろんなものにとらわれすぎて、まさに奴隷状態。

だけど父なる神様の深い愛にふれた時、実はすべて親心からの訓練だった、それらによって主と出会い、従順と謙遜を学ぶことができた事に気づいた時に、憎しみは愛と許しに変わっていました。

 

聖書を通して神様と出会うことは、生きづらさから解放される早道でもあるのですね。

主に感謝。

歯医者さんで/デイリーブレッド

それから、イエスは少し進んで行って、ひれ伏して祈って言われた。「わが父よ。できますならば、この杯をわたしから過ぎ去らせてください。しかし、わたしの願うようにではなく、あなたのみこころのように、なさってください。マタイ26:39

情報源: 歯医者さんで

アーメン!

相手の傷みに同調してしまう弱さは大きな傷みを感じます。きっと父なる神様が御子イエスの血の汗をながして祈られた御姿を、深い悲しみと傷みを持って見つめられた時に、近いものかもしれないと思いました。

罪の縄目に苦しむ人々の苦しみ、罪の深さも悲しみに満ちたまなざしで見つめておられたに違いありません。

わたしにできることはひたすら祈る事、そして主がわたしの上にどれほど深い愛を注いでくださったかを語り続ける事だと、あらためて思いました。

 

主に感謝

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