「良い土地に落ちた種」
聖書;マタイの福音書13:1~9、18節~23
招きの言葉;
主よ、あなたに並びうる者はありません。あなたは大いなる者であり、あなたの名もその力のために大いなるものであります。10:6
いつもは悔い改めに導かれる箇所なのですが、本日は伝道の始点から考えさせられるメッセージでした。
よく”種まき”という言葉がクリスチャンの口にのぼりますが、これは伝道をさしています。御国の言葉、すなわちメッセージ?ここから何を学ぶかはそれぞれの人たちの信仰に対する姿勢をさしています。
そこから何も学べない人、学ぼうという姿勢がない人の中には当然、種は育っていきませんから、まやかしの教えを受けても間違いに気付かず引きずられていくか、横道にそれていきます。
つらい事がおきれば自分に都合の良い方向へ真理がねじ曲がっていく、
この世の仕事や生き甲斐の活動が自分の中では中心になっていると、結局礼拝からも離れていく、
主に従ってしっかり歩んでいる人は、礼拝メッセージから学ぶ事が多く、さらに伝道から伝道へと発展し、多くの人を救いに導いていく・・・・。
自分が蒔いた種は受け取った人しだい?
もちろん自分だってきちんと御言葉に根ざした生活になっていなければ、自分が悪者になって他人の人生を破壊する事だってあるのです。
ううん厳しい・・・・。
何はともあれしっかりと主イエスを見上げて歩んでいく事がすべてですね。
主よ哀れんでください!
教会はスピリチュアルとは違います。癒しはないかもしれませんが自分の生き方を見直すきっかけにはなるはずです。
どうぞお近くの教会へ足を運んでみてください。
次回の礼拝は
7月29日聖霊降臨節第11主日礼拝
「仕えるという事」
マルコの福音書10:42~45